映画「ディア・エヴァン・ハンセン」レビュー

この映画を観たきっかけは、樺沢紫苑先生がメルマガでオススメされていたからでした。「若者の自殺をテーマにしたミュージカル映画。自殺がテーマだが、けっして陰鬱にはならず、エンタメとしてうまくまとめてある作品」「SNSが大きな主題になっている」と情報を得ました。「今のアメリカを見る」ということは、数年先の日本の社会を見ることに近いと常々考えているので、数年先は日本でもメンタルに問題を抱える若者が増え、自殺も増えるのではないかと考えました。現に、精神科に通う高校生を見かけることがあります。多くの若者が生きづらさと孤独で困っているはずです。私は、「この映画で学んだことを、またいつか活かせるときが来るんじゃないか」という気持ちで、映画館に入りました。

ここからは、ネタバレになるので、「映画」を見てからご覧ください。

オープニングは、エヴァン(社交不安障害)が、学校に馴染めず、窓際(自分の心の殻)から外を見て手を伸ばそうとしているシーンが印象的でした。そしていつも、太陽から逃げているエヴァン。「自分の気持ちをうまく表現できない」「人前で話すのが苦手」「友だちから嫌われたくない」「会話が苦手な自分の性格を変えたい」という人間関係の悩みや「勉強・進学への不安」などティーンの揺れる苦悩が描かれていました。

次にコナー・マーフィーが登場し、ADHDなのか、すぐにキレる。小中学校でもキレる子、不登校の子は多いと聞くので、他人事とは思えません。コナーも自分自身で衝動性を抑えられず、周りから孤立するという問題を抱えているのです。そして学校の図書室で、「セラピー用にエヴァンが自分宛てに書いた手紙(誰にも見られたくない心の声)」を奪い去り、間もなく命を絶ってしまいます。コナーの両親マーフィー夫妻は、コナーのポケットに入っていた手紙を、コナーが「唯一の友人・エヴァンに宛てたもの」だと勘違いするのです。ここから物語は、「鎮魂」「追悼」へと展開していきました。コナーの妹は、兄を疎ましく思っていたため、素直に「兄の死」を悲しめない。コナーの両親は、息子の自殺で大きな心の傷を負い、どうにか、息子のことを良い記憶に刻むための証が欲しいとエヴァンとコナーのつながり(他にも心の筆跡がないか)を知ろうとすることで、自分たちの気持ちに整理をつけようとするのでした。エヴァンの左手のギプスの「CONNERのサイン」がまた勘違いを生むのです。

エヴァンは、全く友達でも何でもないコナーのことを「マーフィー夫妻をこれ以上悲しませるわけにいかない」と思ってしまい、コナーの両親の意を汲んで「親友だった」「二人で果樹園に行った」と嘘をついてしまいます。そして、家族ぐるみで付き合いのある唯一の友人ジャレットと偽の「コナーとの手紙」をSNS投稿し、反響を呼んでしまうことになるのです。また同じハイスクールの孤独な学級委員長アラナ(サステナブル・継続性・環境配慮に熱心なType-Aなんでもバリバリやるタイプ)が、「コナー追悼を形にしたい、皆の前でスピーチを…」と絡んできます。アラナもまた「社交不安障害」で服薬中。彼女もまた病気克服のためにリーダー役を担っていたのです。若い世代の多くが「心の病」で苦しんでいることがわかります。危うさの中、エヴァンのスピーチは成功。その動画が拡散し、社会で注目を浴びるのでした。そしてアラナは、クラウドファンディングで、コナーの追悼記念に果樹園を再整備したいと働きかけます。SNSの力は、凄まじく、あっという間に拡散され、「コナーは自分…。皆一人ひとりが苦しんでいる。生きづらいのはみんななんだ」と、ここで世界中の思いがつながります。ここでの「ネット社会のつながり」の偉大さが凄く印象に残りました。SNS社会で、エヴァンは凄い「影響力」を示したことになったのです。みんなの思いを代弁する形で、拡散とシェア(共有)がされ、皆の気持ちが一つになりみんなの顔が集まって、コナーの顔になったところなんかは、私的にもネットのつながり(心の拠り所)に助けられているところが大いにあるので、コナーと樺沢紫苑先生の顔がダブって見えてしまい、泣けて仕方ありませんでした。

そのころエヴァンは、憧れていたコナーの妹ゾーイとの仲が急接近し、キューピッドが降臨。病気のことを忘れ、恋愛を楽しむ二人。果樹園再整備のことは、放ったらかし。クラウドファンディングの資金調達も難航していることから、エヴァンはアラナに「コナーが残したエヴァンの手紙(エヴァンの心の声)」を見せてしまいます。それがネットで再び拡散し、コナーが「コナーが親宛てではなく友人宛に遺書を残した」と思われ、今度はコナーの両親が「金持ちだが子供に無関心だった」と批判されることになるのです。幸せは一気に暗転。ネットで「”何者か”になった夢」から覚めたエヴァン。エヴァンは正直に話をし、許しを請います。インターネットとスマホは、エヴァンの「自意識」を知らぬ間に肥大化させていたのです。ネット社会で、反響が大きすぎ自意識過剰になってしまっていたエヴァン。現実世界では「厳しい立場」にあり、ネット世界と現実世界のギャップに改めて気づくのです。ネットでたくさんのフォロワーやビュー、「いいね」が欲しくて、反響があれば「何者かになった」「自分の発言は正しいんだ」「みんな認めてくれる」と自意識過剰になってしまう点は、私にも思い当たる節があり、私自身、身につまされる思いをしました。私の場合も、ネットと現実のギャップは大きく、自分の中でも、深い深い溝があることに気付きました。ネットでの自意識がガラガラと崩れ落ち、風とともに吹き飛ばされ、後に残ったのは、風前の灯のような「小さな灯」だけ。

また「コナーの両親(上流)」と「エヴァンの母親ハイジ(中下流)」の対極的な対比も巧みに描かれていました。その中でも印象に残ったのは、コナーの父親ラリー・マーフィーは始め「無関心な父親」のようでしたが、「物を大切にする父親、おやじギャグをいう父親」として、「アメリカの良心」を象徴するような父性として描かれていました。コナーの母親シンシアは、グルテンフリーの食事やヨガなど「意識高め系」のものにコロコロと心を寄せるものが変わる。物質的には豊かだが、心が不安定という現代女性が投影されていました。対するハイジ(忙しい看護師)は、父性と母性をあわせ持つ印象ですが、エヴァンの父親が出ていった時のトラック(父性)を語る場面では、「十分時間を割いて向きあってこなかったけど、あなたは、精一杯やってきた私の宝物なんだよ」とエヴァンに話しかけ、必死で生きるシングルマザーの葛藤を語ります。またエヴァンは、父親に向き合ってもらえなかった過去、命を絶とうとした過去を告白。登場人物ひとり一人そして家族が、危ういバランスの中、ギリギリで立っている、生きている「脆弱性・脆さ」が丁寧に描かれていました。

結局「シンシアの思い込みから始まったエヴァンの嘘」がばれますが、「コナーの家族」はエヴァンを守ります。エヴァンは、負い目を感じ、自分が「嘘をついていた」とネットで告白し再び孤立。しかし、コナーの読んだ本やコナーのことを調べ、コナーがリハビリ中に作った歌を発見し、それをネットでシェアします。この部分が、エヴァンの成長過程で、最も大切な時間だったのかなと思います。自分の気持ちの中で過去を整理(父親殺し)し、病気と向き合いながら、未来に向かって歩み「他者貢献が出来たところ」が素敵でした。

最後にゾーイとエヴァンが果樹園であうシーン。エヴァンが、ネット社会ではなく、現実社会に地に足をつけて、自分の身の丈にあったところで歩んでいるシーンが印象的です。その後もエヴァンは、パソコンで発信を続けています。きっと今度は、自分の本当の言葉(情→こころ)を発信しているのだと思います。

鴻上尚史さんは、著書「空気を読んでも従わない」の中で、こう言っています。『インターネットでの発信は、全部悪いことではないのです。自分を認め、「自尊意識」を高めるためのツールとして使えばいいのです。粘り強く接していけば、自分をいい方向に変えてくれる素敵な情報や良質な人と間違いなく出会うはずです。ネットはあなたにあった小説や映画、演劇を教えてくれます。ネットは、世界の片隅で、必死に生きている人達を教えてくれます。あなたが感動する人間の存在を教えてくれます。あなたが旅すべき街・場所を教えてくれます。それは、あなたを自由にし、息苦しさから救ってくれるものなのです』私は、すごく感銘しました。

最後のシーンでは「今日は近い」「太陽に向かって歩こう」「太陽に手を伸ばそう」という歌が心に響きました。現代社会は、皆が危うい心の中で生きづらさを感じながら生きているのです。私は、この映画を観て「現実社会に根を張りながら、インターネットで、自分が大切だと感じる情(こころ)を、じっくり力をつけながら継続して発信していこう」と思い直しました。独りじゃない。行動して。小さなステップで。この映画を見て、現実社会にしっかり引き戻されたように思います。現実は厳しいけど、一歩ずつ、小さなステップを踏み出そうと決意出来ました。

エンドロールでは、「You will be found.」という歌詞が印象的でした。和訳は「見つけてくれる」「一人じゃない」と記されていました。ひとりで悩まず、ネット社会でも、現実社会でもいいから、コミュニケートしましょう。辛い時は誰かに相談しましょう。あなたが正しく発信し続けていれば、力になってくれる人・情報は必ずあなたのもとにやってきます。

私は、これからも毎朝、太陽に向かって歩き続けようと思います。そして現実社会に根ざしながら、自分のペースでネット発信を続けます。いつか誰かが、私の情(こころ)を見つけてくれる日を信じて歩んでいきたいです。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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